二十四の瞳で有名な小豆島

瀬戸内海で2番目に広い面積の島と言われる小豆島楽天 を訪れました。今までにも3回は訪れています。子どもが小さい頃には、キャンブをしたこともあります。6月に訪れたので、観光客は少ないようでした。お陰様でゆっくりと見学できました。

新岡山港から土庄港へフェリーで

新岡山港から「オリーブライン」というフェリーに乗って行きました。新岡山港を9時に出発して、土庄港には10時40分に着きました。6月の上旬の平日なので、フェリーの乗客もまずまずと言った所でした。

ゆったりと椅子に座って、のんびりと海と島影を見たり、おしゃべりしたりしていると、土庄港に着きました。土庄港からは、またバスに乗っての移動です。

岬の分教場

まず、岬の分教場を尋ねました。土庄港から、国道436号を東へ進み池田港、草壁港を過ぎ、県道28号を南へ古江交差点を越えて県道249号に入り西へと進みます。

岬の分教場は、壺井栄の小説「二十四の瞳」の舞台となった小学校の分校のことです。1902年・明治35年に田浦尋常小学校として建築された瓦葺き平屋建て校舎1棟で、2教室と教員住宅があります。

明治43年からは、苗羽(のうま)小学校田浦分校となり、1971年・昭和46年に閉鎖されました。

教室の床、廊下、壁の腰板も全部木造です。机も椅子も木造、教卓ももちろんです。足踏みオルガンがおいてあり、自由に使えるので見学者の一人が演奏され「ふるさと」など、自分の小学生時代を懐かしく思い起こしながら歌いました。

後ろの壁には、小学生のみごとな絵画が貼られていました。また、別の教室には歴代の教科書が展示されていました。また、初代映画「二十四の瞳」の主演俳優の高峰秀子さんの写真やロケ現場の写真も多々飾ってありました。この時の監督は木下恵介さんでした。

二十四の瞳映画村

昭和62年には、田中裕子さん主演、朝間義隆監督で再映画化されました。この時のオープンセットが、保存され「二十四の瞳映画村」として公開され多くの観光客を呼び込んでいます。昭和初期の郷愁を誘う民家、ボンネットバス、駄菓子屋さんが迎えてくれます。

場所は、岬の分教場から南にあります。オリーブビーチからは渡し舟もあるようです。駐車場は150台無料です。開場時間は9時〜17時(紅葉シーズンの11月のみ8時30分〜17時)です。休業日なし。料金は大人・中学生以上が700円、小人・小学生が300円です。岬の分教場とのセット券もあり、大人790円、小人340円とお得です。

キネマの庵のcafeシネマ倶楽部では、昭和の給食セットが850円で食べられるそうです。食べてみたいものですね。岬の醤油ソフトや濃厚バニラなども売っています。

かすりの着物は1着500円でレンタルできます。壺井栄文学館には、壺井栄が愛用していた調度品や生原稿が展示してあります。ギャラリー松竹座映画館では、「羅生門」や「七人の侍」などの名作も公開されていて無料です。

小説「二十四の瞳」のあらすじ

昭和3年の春、小豆島の島の突端にある分教場に大石先生が自転車に乗って赴任して来ました。1年生12人を受け持ち、子どもたちは先生を慕いました。ある日、子どもたちが作った落とし穴に大石先生は落ちて、足の骨を折りました。

それがきっかけとなり、先生は本校に赴任することになりました。4年後には、先生は結婚しました。その頃は上海事変も起き政局は混乱していました。教師の中にも検束される人も出て、大石先生も退職することにしました。

戦争中に母、娘、夫も亡くし、2人の子どもを抱えて先生も苦労し、終戦を迎えて13年ぶりに分教場で教えることになりました。新しく持った生徒の親はかつての教え子もいました。彼女は同級生のお墓に先生を案内し、また仲間を集めて先生を慰める歓迎会を開いてくれました。

壺井栄(つぼいさかえ)

1899年・明治32年8月5日、醤油の樽職人の父岩井藤吉と母アサの5女として、旧内海町坂手生まれました。

坂手小学校、内海高等小学校を卒業後、村の郵便局、村役場に勤めながら文学書を読みました。

1925年・大正14年、同郷の坪井繁治を頼って上京し、結婚しました。プロレタリア文学の影響を受け、「大根の葉」「暦」「初旅」「母のない子と子のない母と」など約300編の作品を発表しました。

新潮文藝賞、児童文学賞、芸術選奨文部大臣賞などを受賞しました。

1954年・昭和29年に木下恵介監督で映画化された「二十四の瞳」が一躍有名になり、今日の小豆島の観光の盛況の発端となりました。

1967年・昭和42年6月6日、死の直前に内海名誉町民に推挙され、23日に東京で亡くなりました。享年67歳でした。

壺井栄の文学碑が、坂手湾を見下ろす向かいの丘にあります。「桃栗三年柿八年柚子の大馬鹿十八年」と刻んでありますが、壺井栄が生前好んで使っていた言葉だそうです。

夫・壺井繁治の詩碑は、堀越の生家の上にあり、「石は億万年を黙って暮らし続けた その間空は晴れたり曇ったりした」とほってあります。生前本人が選んでいました。

佃煮屋・京宝亭を見学

京宝亭という佃煮屋さんを見学しました。小豆島町苗羽(のうま)にあります。

まず、説明会場に入り、ビデオを見て学習します。その後女性社員の方の説明があり、工場の見学です。四万十のりを作っているそうです。見学は二部屋なので、すぐに終了しおみやげを買いに売店の方へ移動しました。

いろんな佃煮を試食しました。のり、昆布や豆類、種類が多すぎて思い出せません。おみやげには、「子持ちきくらげ」「ちりめん山椒」「紫花豆」を買いました。小豆島では、江戸時代から醤油づくりが盛んです。その醤油を使って佃煮づくりが始まったと言います。

変わった物では、オリーブ抹茶入りアイスクリームや佃煮アイスクリームもありました。

醤油屋さんは、明治40年創業のマルキン忠勇、安政4年創業の左海醤油がありました。いろんなお店で、醤油を使ったアイディア食品が作られているようです。醤油プリン、醤油カステラ、醤油ソフト、醤油生キャラメル、ひしお丼などもあります。

ベイリゾートホテル小豆島で昼食

昼食は、ベイリゾートホテル小豆島で摂りました。小豆島で有名なソーメン、佃煮などが出ました。

お刺身などは、少量でした。写真が行方不明になってここに載せることができません。

また、見つかりましたらアップしたいと思います。

道の駅小豆島オリーブ公園

道の駅小豆島オリーブ公園は、小豆島町西村にあります。小高い丘の上にあるので、海と島が見渡せる絶景のポイントでした。阪神の高校生を乗せたバスが2台来ていました。

オリーブ記念館、ハーブガーデン、遊歩道もありました。が、バスの集合時間があるので、ゆっくりと景色を見ている暇がありませんでした。おみやげを一巡したり、ハーブガーデンで珍しいハーブを見たりしました。

私の育てているルバーブもあったりして、興味ありましたが、種類が多すぎて私のハーブの知識がなさすぎてダメでした。

今回は、オリーブの花が咲いている時期でした。花は小さな小さいな黄色っぽいものでした。地味で花という感じがしませんでした。オリーブは、緑の実が着いている頃が一番豊で見物にも良さそうですね。そんな中をゆったりと散策したら気持ち良いでしょうね。

今回は、食用のオリーブオイルを買おうかと思っていたのですが、家の台所にまだ開かずのオリーブオイルがあるので止めました。化粧用のオリーブオイルは、岡山県牛窓町のオリーブマノンのバージンオイルを使っているので、買いませんでした。

キキョウの花
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Author:Tomoko Ishikawa Valid HTML5 Valid CSS
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更新日:2016/09/02