雲仙温泉(うんぜんおんせん)

2010年1月岡山を発ち、福岡県の柳川に立ち寄った後、長崎県の島原半島の西部にある雲仙温泉に着きました。ここのホテルに一泊して雲仙温泉にゆったりと浸かりました。

雲仙は昭和9年に日本最初の国立公園に指定され、野鳥や高原植物がたくさん見られる場所です。春は雲仙ツツジ(ミヤマキリシマが正式名で4月下旬から約1ヶ月が見頃のようです)、夏はアジサイ、秋はもみじ、冬は霧氷で山の姿が四季美しく変化します。

大噴火で有名な雲仙普賢岳は、島原半島の中央に位置します。普賢岳の東に島原市があり、西には雲仙市があります。雲仙温泉は、普賢岳の西にあります。帰りのバスの中で普賢岳を一瞬見ることができましたが、灰色をした山頂辺りが見えただけでした。(後で調べたら、この山は大噴火後にできた平成新山のようです。普賢岳の東に新たにできたようです)地震学者や地域の人達が犠牲になられ大変悲惨なことでした、ご冥福をお祈りします。

雲仙温泉

雲仙楽天 温泉(標高約700m)は、明治時代に外国人の避暑地として開かれ、夏は札幌と同じ涼しさだそうです。

雲仙温泉の名前は、清七、お糸、大叫喚などの名前がついています。これは、ここがキリシタン殉教の舞台だからでした。ここは、迫力ある水蒸気の煙とイオウの匂いに包まれていました。

この写真は、九州ホテルの玄関横に沸き出でている清七じごくです。ここが、雲仙じごくの入り口で奥へ奥へと進んで行くと開けた場所へ出ます。そこでは、様々な温泉吹き出し口が見られます。

早足で行くと約10位でも十分見ることができますから、見逃さないようにしたいものです。

お糸という名の付いた温泉吹き出し口

遊歩道も見えます。右手を下った車道沿いには大きなホテルや旅館が連なっています。きっと、キリスト教の信仰の厚かったお糸さんがここで亡くなられたのでしょう。宗教争いは今の時代にも悲劇を起こし続けています。ため息の出るほどどうしようもなく、人間はいさかいを止められない動物なのでしょうか。

八方という名の付いた温泉吹き出し口

上記の所から左手の方にも煙がたくさん立ち上がっていました。道が繋がっているのでその方へ歩いて行くと、広い場所へ出ました。

「八方」の名前の通り、至るところから湯煙が上がっています。どのようにホテルはこの温泉を利用しているのでしょうか。長いバイプが泉源から延々と何本も引かれていました。温泉が出る地域は、無料でエネルギーをもらえて本当にうらやましい限りですね。噴火などの被害は困りますが。

キリシタンの歴史

1625年(寛永2年)に松倉文後守重政が、徳川幕府の命令によりキリスト教徒を迫害して、教徒10人を温泉火坑に投じたと伝えられています。

1627年、キリスト教徒に対するだんあつはさらに厳しくなり、1630年までに「山入り」と称して教徒を温泉におくって熱さぜめをして改宗を迫ったそうです。

1637年、島原の乱が起こり、12月3日に天草四郎が兵士23800人を引き連れて原城へ入場しました。

1638年、2月28日ついに食糧や弾薬尽き陥落しました。老若男女約35000人全員が亡くなりました。

こういう悲しい歴史の舞台であったことを、歴史が苦手な私はようやく今知ったのでした。島原の乱を起こした天草四郎がイケメンだったことは知っていましたが。

雲仙温泉「湯めぐりパスポート」

私たちは、雲仙スカイホテルに泊まりました。畳の部屋でゆったりと落ち着くことができました。ホテル自体は新しくはありませんでしたが、サービスには満足しました。

「湯めぐりパスポート」がついていました。九州ホテル、富貴屋、福田屋と泊まっている雲仙スカイホテルの4つのお風呂に入ることが出来ます。旅の疲れと外の道路には雪が残っていて湯冷めの心配もあることから、九州ホテルのみ出かけることにしました。

九州ホテルは、雲仙温泉の入り口に近い所です。露天風呂が楽しめました。外の冷気が気持ち良い具合でした。足を伸ばしてゆっくりと入りました。石の長いすに座ってゆったりと旅の疲れを取りました。

体力のある方は、全ての旅館の温泉に入られたそうです。わずかでしたが。

キキョウの花
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更新日:2016/09/02